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2008年7月31日に77歳を迎えられた廣瀬義彦先生とともに
 
2008年8月3日長岡京市記念文化会館で祝賀コンサートを開催いたしました!

 全員集合写真!

大勢で作り上げた喜寿コンサート!全員集合です。 クリックで大きくなります↑(^_^)v

と言っても、本当の裏方さん、照明さん、音響さん、舞台監督さん以下、舞台関係者は入っていただけませんでしたけれど。

中央のマエストロから右に、演出、谷ひろし先生、所作の安東伸元先生、美術、板坂晋治先生。

ジョアン、片桐直樹さん、行長、尾形光雄さん、カテリナ、矢作潤子さん、琵琶法師、片山旭星さん、右近、佐賀龍彦さん、義昭&秀吉、辻井芳暁さん。
篠笛・能管の籐舎華生さん、谷先生の奥様。打楽器の高木至通さん。

左へは?おわかりですよね?

加藤完二さん、水間博明さん、吉田智晴さん、アンディ・マイルズさん。私。ピアニスト、榊原契保さん、ヴァイオリン、西尾恵子さん、チェンバロ、廣瀬直子さん。
フルート、長山慶子さん、ソプラノ、松下悦子さん、お箏、大谷祥子さん、ソプラノ、山本隆子さん、テノール、榛葉昌寛さん。。

マエストロの後ろ右には、ジョアンアンサンブルのコンミス、中村佳子さん、左は、ピアノの橋本幸代さん。ジョアンアンサンブルのみなさん!

右方にはひろせまことさん、SAXの西村さんも見えます。

左、後方にはジョアンコーラスの女声連。バックは、合唱幻想曲出演のみなさま。最高段にはジョアンコーラスの男声陣も。

そして最前列には、長岡京市立少年少女合唱団のこどもたち。



廣瀬先生の喜寿記念祝賀コンサートは
平成20年(2008年)8月3日、14時より、
京都府長岡京市の長岡京記念文化会館で開催致しました。

その後別館、市民ホールで祝賀パーティも盛大にとりおこなわれ
素晴らしい思い出となりました。


プログラムは、三部構成で


第一部 歌芝居「ジョアン」  ― キリシタン武将 内藤如安忠俊 物語 ―


作曲家、久留智之氏の作品です。拙作の台本で。。



一幕もののオペラで、室内楽に和楽器も含む演奏形態で。

中央が、作曲してくださった久留智之氏。

左は、演出の谷ひろし先生。


物語は、まずルソン(マニラ)の墓地からはじまります。
レクイエムを歌う合唱団。

「あそこに眠っているのは、何を隠そう、この私です。
そして、私の死を嘆き悲しんでいるあの男こそが、今日の主人公、
内藤如安忠俊 なのです。」

頭に輪っかをつけた昇天・高山右近(佐賀龍彦さん)が、話し始めます。


指揮は廣瀬義彦先生

演奏は ヴァイオリン2 ヴィオラ チェロ クラリネット サックス各1名
+和楽器(琵琶・篠笛&能管・二十絃箏・打楽器3名)それにピアノ

どのソリストも当たり役、というか、適役でした。

素晴らしい ジョアン役!
を演じてくださったのは、片桐直樹さん。

所作をご指導下さった安東伸元先生もびっくりされるほど、物覚えがよく、
当日頂いたアンケートにも
ちゃんと仕舞の足運びが出来ていて、すごい、と書かれていました。





琵琶法師役は 片山旭星さん

琵琶を弾き語り、ストーリー・テラー役も兼ねてくださいました。




普段は漢字ばかりの琵琶語り。

カタカナの台詞にフシをつけて演ったのは初めてだったけど。とても楽しかった!

と言ってくださいました。

はい。新しい琵琶語り、オリジナリティを出したかったので、

「我らがヒーロー、内藤ジョアン…。。」

と、あえて ヒーロー、という言葉を使ってみました。

琵琶法師の語りの台詞、考えるのも楽しかったです〜。

古い貴重な琵琶本も貸してくださいました。
物語文学の集大成だな、と興味深く読ませていただきました。



まずはジョアンがはじめに仕えた足利最後の将軍 義昭(辻井芳暁さん) 狂乱の場




ここ二条城に留まれば、必ず信長に殺されてしまうと焦った義昭。
もうジョアンの忠告になど耳を貸すゆとりはありません。

義昭は信長からのがれて鞆の浦へ落ちていきます。
それでも主君を見捨てられないジョアンは、鞆の浦まで従います。

貿易港として開かれた鞆の浦での数年は、
ジョアンにとって
語学に加え医学、薬学、宗教学、といった新しい知識をどんどん蓄えた時代でもありました。

同じキリシタン大名であった小西行長(尾形光雄さん)とも
親友の高山右近を通じて交流を結んだジョアンでしたが、
ジョアンの博学なのを知って、ぜひ客将として迎えたいと願う行長!

請われたジョアンは迷います。

イクサに行くか、行くべきではないのか?

ジョアンは平和を取り戻すために、イクサに行く、と決心し、

右近は、それは間違っている!と忠告します。

商人上がりの小西行長は、戦争は金儲けのチャンスでもある、
これは、友好的侵略なのだ、と、うそぶきます。


内藤ジョアン         高山右近          小西行長

それぞれが 思いを語る 三重唱

三人三様ですが 実は 全員キリシタン だったのです。

しかし、それを支配していたのは、成り上がりで、狂気の沙汰の太閤秀吉でした。




兵隊どもも これは出世のチャンス!?
とばかり、元気に進軍します。




でも、戦争で相手を傷つけたり、自ら傷つくのは、マッピラ!
それが、兵士たちのホンネです。


戦地で、旗色が悪くなって来たとたん、みなはどうしたらよいのか、
途方にくれます。




ジョアンの胸の中でも葛藤が繰り返されます。

こんなむごい戦いが繰り返されて、良いわけがない。


そんなジョアンは、幼き日の乳母で、キリシタンだったカテリナを懐かしく思い出します。

一緒に、繰り返し歌っていた聖歌「グロリア」を歌うジョアン…。

そして…。 身を挺して北京まで行き、
持てる力のすべてを和平実現のために捧げようと決心します。




戦争はジョアンのおかげで一時停戦状態になり、兵士たちも喜ぶのですが…。



結局秀吉は死に、大陸制覇の夢は絶たれます。

時代はその後の関が原。

とにもかくにも戦争が終結し、都の人たちは大喜び。
お祭り騒ぎです。



関が原の戦いで、西軍は、東軍、徳川家康に敗退。

西軍の大将、石田三成とともに西軍を指揮したかどで、
小西行長も、三成ともども、京の三条大橋に晒し首となっていました。



行長を探して現われたジョアンは、変わり果てた行長を見て嘆きます。

しかし行長は言います。

「人はいつしか死ぬんや、いたしかたおへんのかも

堺の商人上がりの私は、堅苦しい武士の世界で窮屈やった。

今は、なんちゅうても気楽ですわ〜。」

この尾形さん、ものすごくお上手なんで、稽古のとき、いつも私は笑ってばかりいました。


そこに、急に獅子舞が現われ、ひとしきり舞ったあと、正体を現します。





獅子舞は、右近でした。


都をふらつくジョアンを気遣って、自分が身を寄せている加賀の前田候のところへ
連れて行こう、と現われたのです。



都ではキリシタンへの弾圧が日に日に厳しくなっており、

『キリシタンは火あぶり

みんな焼き殺される

なんで 殺される キリシタン!

ワケなど無くても殺される!

わ〜こわ お〜こわ

もし、見つかったら殺される』

と歌いはやされます。

右近の反対を押し切って、戦地に行ったジョアンでしたが、
厳しくなった家康のキリシタン狩りから救出しようと、
右近は獅子舞に身を隠して
ジョアンを助けにやってきたのです。

ジョアンはそんな右近に助けられ、
しばらくは加賀の地で安泰に過ごします。

が、追っ手は、加賀の地までも迫り、2人は、とうとうキリシタン追放令により
ルソンに流されたのです。

右近は到着後まもなく、熱病で死んでしまいますが、
ジョアンはその後も死ぬまで現地に留まり、
追放された日本人や現地の人のために尽くした、と伝えられています。



時代の波 大きな歴史のうねりの中に

飲み込まれつつ 埋没し

それでも 決して おのれを失わず

生涯 平和を求めて やまなかった

丹波の城主 内藤如安

持てる力の すべてを 平和回復のために惜しみなく注いだ男

ずば抜けた忍耐力を持った 男の中の男

たぐい稀なる勇者

ジョアンこそが 真の平和の使者であり

まさに わが国 初の外交官だったのです!






滞りなく?演奏が終わりました。

この日のために何ヶ月も前から稽古を重ねてきたソリスト、コーラスのみなさま。

ギリギリまでパート譜が届かず、
ひやひやしながら待って頂いたアンサンブルのみなさま。

お疲れさまでした。

ここに歌芝居「ジョアン」の世界初演!が無事終了したのだと思うと、感無量です。

ありがとうございました。


ここで休憩です。

舞台はそのあとの音楽会のために反響版がセットされました。



第二部  お祝いに駆けつけてくださったプロの演奏家の祝賀演奏!



廣瀬先生のご子息、まことさんのユニット「ジュスカ・グラン・ペール」
お得意のオリジナルSKUのCMでもおなじみの「ジプシーダンス」などを熱演されました!

ご長女、スイス在住の直子さんもこの時期に合わせて、帰国なさり、チェンバロを演奏してくださいました。

大阪センチュリーの首席フルート奏者だった長山慶子さんと
ハンガリーで演奏されていたヴァイオリニスト西尾恵子さんとともに
エマニュエル・バッハのトリオ・ソナタを演奏されました。

それに、一時はご参加が危ぶまれた松下悦子さんも直前にご出演が決まり、
駆けつけて、廣瀬直子さんのチェンバロに合せて、素晴らしい歌声をご披露下さいました。

ヴィヴァルディ「私はジャスミンの花」


現在、ミラノ在住、テノール榛葉昌寛氏、と中川牧三先生門下のソプラノ山本隆子氏が、
蝶々夫人の「愛の二重唱」をデュエット!




真っ白な打掛ドレスが素敵ですね



ケルン在住、水間博明氏(ファゴット)
吉田智晴氏(オーボエ) アンディ・マイルズ氏(クラリネット)
の「トリオ・デ・コロン」さんも はるばるケルンから駆けつけてくださり、
楽しいトーク入りのショー!で盛り上げて下さいました。。

水間さんは森内とともに司会まで、お受けくださいました。


指揮に、コンサートマスターに、と大忙しの加藤さんへもインタビュー!

加藤さんは、息を切らしながら喋ってくださいました。



ギタリスト藤井敬吾氏も かつて廣瀬先生が委嘱された
「地中海協奏曲」を再度15分ほどに編曲して演奏されました。



演奏は加藤さん率いる伊丹シティフィルハーモニーです


合唱団も参加してヴェルディの「乾杯の歌」を
先ほどの山本隆子さんと榛葉昌寛さんとで楽しく歌って、第二部を締めくくりました!





休憩を挟んで、第三部へ。



第三部 ベートーヴェン「合唱幻想曲」


こちらの方は、廣瀬先生の指揮で。それまでの練習も廣瀬先生にお願いしました。
 
加藤完二さんがコンサートマスターでヴァイオリンを。
 
合唱幻想曲のピアニストは、廣瀬先生が27年にわたり主宰された
京都中央少年少女合唱隊の同窓会会長で、
京都市芸術大学ピアノ科を出て、ポーランドへ留学され、帰国後関西で活躍されている
榊原契保さんでした。



演奏が無事終了したところで廣瀬先生のお孫さんお二人が登場!


おじいちゃんに喜寿を寿ぐ、紫色の頭巾とちゃんちゃんこを!





フィナーレは「第九」四楽章の「M」(歓喜の合唱)の部分。

指揮は廣瀬先生。オケは伊丹シティフィルで、会場全体で謳いあげることが出来ました。


感極まって加藤さんに抱きつく廣瀬先生にみなさん素敵な笑顔!笑顔!笑顔!

お疲れ様でした。

素晴らしい4時間でした。


最後の第九は、会場の皆さんも立って熱唱!!

第五パートのみなさんも参加して歌ってくださいました!




廣瀬義彦先生 喜寿記念 祝賀コンサート 

写真、DVDなどの追加、お問い合わせは。

世話人 森内 依理子


までどうぞ!



                                              




京都新聞8月4日記事

廣瀬さんの喜寿祝う歌声響く 教え子らとコンサート
写真
廣瀬さんの喜寿を祝うコンサートで初上演された歌芝居「ジョアン」(長岡京市・府長岡京記念文化会館)

 京都中央少年少女合唱隊などで長く音楽指導に携わり、現在も京都府長岡京市で女声合唱団を指導している合唱指揮者、廣瀬義彦さん(77)=宇治市=の喜寿を祝うコンサートが3日、長岡京市天神4丁目の府長岡京記念文化会館で開かれた。

 廣瀬さんは7月31日、喜寿の誕生日を迎えた。コンサートは3部構成で、廣瀬さんの教え子や共演などでゆかりのある人ら約200人が出演した。

 第1部は、廣瀬さんの出身地・八木町(現南丹市)の城主でキリシタン武将の内藤如安忠俊の生涯を描いた歌芝居「ジョアン」が、廣瀬さん指揮の生演奏に合わせて上演された。

 続いて、プロの音楽家や有志らが、管弦楽の演奏や合唱を披露した。  フィナーレは、観客も一体となってベートーベンの「歓喜の歌」を歌うなど、会場は大きな歌声に包まれた。




佐渡裕さんからのメッセージ

喜寿コンサートおめでとうございます。

私は京都市少年合唱団で5年間先生の指揮の下で合唱の面白さ、
そして音楽の面白さを教えていただきました。

専門的なすばらしい技術を持ったプロの指揮者を見た
初めての経験だったように思います。

先生は、とても人の気持ちを大事にし、
とてもみんなと力を合わせる事を大切に思ってらっしゃって、
それでいてどこまでも廣瀬義彦でいるという、
いい意味でのわがままさと、
ものすごく大きな寛大さとが一緒になっていることが、
廣瀬先生の魅力だと思います。

このコンサートの成功する事をお祈りしています

指揮者 佐渡 裕


佐渡さんは当日は先約があり参加されませんでしたが、
加藤完二さんの仲介で、声によるメッセージも頂戴し
当日、演奏会が始まってすぐに会場に流させて戴きました




お客様の声  嬉しい感想を戴きました!


先日、歌芝居「ジョアン」の舞台を鑑賞させて頂いた感想です。
 
8月3日に「長岡京記念文化会館」にて1時間半の「ジョアン」で、
約450年前の日本の戦国武将小西行長、高山右近、
内藤ジョアンが秀吉の朝鮮出兵による大陸制覇の野望実現のために翻弄される姿や、
戦況が不利になる過程でで和平に目覚める姿をオペラという形で鑑賞させて頂きました。
 
舞台下からの廣瀬先生の指揮で、ジャンルを越えた音楽表現と洗練された楽器演奏と
舞台の上の演技者の美声が響き合って心地よく感じられました。
 
歴史ストーリーの中の「二人の死者」からのメッセージには、
「何故、数百年経った今も人類は戦争や対立を繰り返しているのか?」
という「疑問」を強く投げかけられた気がしました。
 
関西弁によるコミカルな歌声は、つい難しく捉えがちな「平和」と言うテーマこそ、
「庶民の身近な事柄としてみんなで実践して行きましょうや♪」と呼びかけている感じがしました。
 
オペラ「ジョアン」世界初演は廣瀬義彦先生の平和への強い思いを表現された作品ですね。

これまでまったく面識もなく、偶然今回の喜寿記念コンサートを拝見させて頂いたばかりですが、
先生と「ジョアン」出演者、スタッフの皆様が
これからも益々お元気でご活躍されますことをお祈り申し上げます。
 
素敵な時間をありがとうございました。

【大阪在住Y・R様(主婦)】

そのほかにも貴重なご意見、ご感想をたくさん戴きました。


特に、地元、八木町から駆けつけてくださった、数年前、
姉妹都市マニラとジョアンの研究をされておられた方々からは、
嬉しいお励ましと、心からのエールを頂戴し、大きな手ごたえを感じました。

ありがとうございました。

今後、この「ジョアン」が、ご当地、八木でも取り上げられて行きますようにと祈っております。



7月27日の日曜日朝刊の京都新聞記事!



先日取材に見えていた京都新聞、南部支社、洛西総局の記者の太田敦子さん、
23日の通し稽古の時にはずっとお待たせしたにも関わらず、
取材にお答えする間がなくて、名刺交換だけして
後ほどお話はお電話で伺います、とのことでした。

追加確認のお電話まで戴いただけに、内容にあやまりはない?

あ、先生は途中で中学の先生はやめておられるのですが、
継続されながら並行して合唱指揮をしてこられたような印象ですね。

「命輝け第九」は全国、ってつけていいのかな?ま、いいや。いいよね?
細かく言えば、発起人のお一人、やし。。

でも充分伝わる記事になりましたね!

早速日曜日に載せていただき、ありがとうございました。
それに写真もカラー扱いで嬉しいですね。

これはコンサートのご案内、というよりも主眼は、やはり、

「廣瀬義彦さんの喜寿を祝って教え子らが集まって祝賀コンサートを企画した」

ということを伝える内容になっていて、
マエストロにとっても、嬉しい記事になった!と思います。






廣瀬義彦先生 喜寿記念 祝賀コンサート







廣瀬義彦先生が77歳の今日までお元気で活躍されて来られたことを

何らかの形で先生とかかわったものみんなが集まって お祝いし

お互いの今!をも確かめ合い あの頃?のように 楽しく集い

これからもずっと 仲良く歌い合える きっかけとなるような〜

そんな温かいコンサートになりました。

2008年の夏!!

お祝いの楽しいコンサート!大成功!


喜寿を祝う会の代表として

廣瀬先生ともご相談して 京都市少年合唱団で出会われた

現・伊丹シティフィルハーモニー管弦楽団の常任指揮者を務められている

加藤完二さん

↑HPへ

にお願いし 快くお受けいただきました

ありがとうございました!


    

順不同なのですが これまでに廣瀬先生と出会われた方々…


作曲家で 現在桐朋学園でも教鞭をとっておられる堀悦子さん

ドイツ・ケルン放送管弦楽団首席ファゴット奏者 水間博明さん

そうそう 兵庫県立芸術文化センターの音楽監督に就任された佐渡裕さんもでした!

加藤完二さんはそちらの「佐渡裕とスーパー・キッズ・オーケストラ」の指導者でいらっしゃいます!

それから…

今や旬!声楽家の黒田博さん 福原寿美枝さん

同志社女子大准教授でもいらっしゃる 松下悦子さん!

東京でご活躍のフルート奏者 吉岡アカリさん

大阪センチュリーでフルートを吹いておられる長山慶子さん

作曲家として またソルフェージュの先生としても活躍されている高橋明美さん

東京藝術大学指揮科で後進の指導もされている指揮者の田中良和さん

今、阪神間で大活躍のピアニスト江頭義之さんも

廣瀬先生と出会われた方のお一人です

アマデウス音楽研究所を主宰されている御大!明石好中さん

世界的なハーモニカ奏者の和谷泰扶さん…

ハンガリーで活躍され その後帰国して 神戸で活動されているという

ヴァイオリニストの西尾恵子さんは京都中央少年少女合唱隊の出身

作曲家 長谷川智子さんは合唱隊の出身で先生でもあります。

同じく合唱隊の先生でイタリアのシミオナートコンクールで優勝された高島依子さん。

ピアニスト榊原契保さんは、その合唱隊の同窓会会長さん。

異色?では京都教育大学国文科教授の

森山卓郎さんも…

そしてドイツで研鑽を積まれたソプラノ歌手、榎水枝さん。



お名前をおひとりおひとり挙げていくと、枚挙にいとまがありません。

お名前を書ききれなかったかた、ごめんなさい!!!

またお声かけてくださいね!!



千代川小学校で出会われた方々

千代川のみなさんには、戸田さんをはじめ、
祝賀パーティのお世話を全面にお願いし、
大変お世話になりました!!

京都子どもの教室で出会われた方々

京都市少年合唱団で出会われた方々

滋野中学校で出会われた方々

七条中学校で出会われた方々

尚徳中学校で出会われた方々

修学院中学校で出会われた方々

桃陵中学校で出会われた方々

京都中央少年少女合唱隊で出会われた方々

聖マリア養護学校で出会われた方々

タカシマヤ第九で出会われた方々


混声、
女声合唱団で出会われた方々

オペラ「竹取物語」で出会われた方々

海外旅行で出会われた方々

個人レッスンで出会われた方々

いのちの第九で出会われた方々

トルヴェール・サロンで演奏してくださった素晴らしいアーティストのみなさん!


みなさまほんとうに

ありがとうございました!

ご意見メールはこちらまでお願い致します



「合唱幻想曲」コーラスに参加された方々へ!

みなさま 大変お疲れ様でした!

楽しい思い出が出来ましたでしょうか??

お暑い中を熱心に練習にお通いくださり、ありがとうございました。

とても素晴らしい演奏でしたね。


練習用にと貼り付けていたYou Tube そのまま残して置きますね。
懐かしくなったら聴いてください。


ベルリンフィル・バレンボイム弾き振りの合唱幻想曲
T


U



 紫四季部日記より抜粋!
2006年2月2日(木)      マエストロ・ひろちゃん と K.Shinji さん のこと
    
↓命の第九・HPへ
マエストロと命の第九は切っても切れない関係です。
障害のある人も無い人も、ともに歌いあうことで、
社会の人にも広く第九の意味やクラシック音楽の
よさも含めて知っていただこう、という大きな目的を
持ってはじめられた「いのちの第九」

障害を持つ人にも、老人やこどもにも、出きるだけ
歌いやすいように、と、各パートのエエとこどりで、
あるときは一オクターブ下もありいの、
の楽しいパートを作られたのがマエストロ。

それを「第五パート」、と呼んでいます。

 そして、その第一回目1993年、八幡での
「今みんなの命輝け第九コンサート」の時から、
ずーっと、当日だけじゃなく、各練習場の様子も、
団員さんたちの普段の活動記録も、細かくビデオに
おさめ続けて下さっているのがShinjiさんです。

そのShinjiさん。時々「★第九短信」と名づけたメール
を仲間に配信してくださっています。
ほんとにほんとに地道な活動で、
頭がふか〜く下がります。ありがとう!!

たまたま今日、今年に入って三通目の短信が
Shinjiさんから届きました。
そのなかにマエストロの第五パートでの練習風景が
ありましたので、ここにご紹介しますね。
●ひろせ流ありがとう←ひろちゃんシール!もらうのたのしみ〜〜♪

「いのちの第九」の合唱指導者である廣瀬先生が、
昨年、ピンチヒッターで壬生第5パートを教えられたことがあります。
第九ではなく、「with you smile」と「きみに伝えたい」を。

「ありがとう」が何度も出てくるやろ。
これを何度も同じようにくり返すだけやったら、
聴く人かて、「わかった!、もうわかったよ!」と
うっとおしい気ーになるかもしれんやろ。
だから、ただくりかえすのではなく、
そのひとつひとつの「ありがとう」に感謝の気持ちを込めて、
いく通りにも歌ってほしいねん。

さすが廣瀬先生。
いつもは先生のジョークに笑い転げるみんなも思わず聞き入る。
そして、毎回、第5パートにおっしゃることですが、

ガナったら、アカン。そんな声で音楽といえるか?
そんな声、聴いて、お客さん、喜ぶか?
大きい声を出そうとして汚い声になるより、
自分の持っている声の中で、一番きれいな声で、やさしく歌ってみー

みんな、うなづいて、やさしい声で歌う。
「そうや、できるやんか」と先生。

しばらく歌ってると、もう言われたこと忘れてしまって、
また先生の注意が飛ぶ。
「ガナったら、アカン」

それでも
またみんなの顔、見に来たいねん、と
第5パート指導の達人はおっしゃってました。

----------------------------------------- K.Shinji




2005年秋だったでしょうか、ある小学校の音楽の先生が

廣瀬先生に授業でのアドヴァイスを求めて来られたことがきっかけとなって、

その学校の小学4年生の児童に、延べ三日ほど、音楽の特別授業をされたことがありました。


無垢な子どもたちやハンディをもった人たちにも、真の音楽の楽しさを伝える!

ということが廣瀬先生の原点でもある、と思うのです…。



その時、子どもたちから貰われた「お礼のお手紙」をお借りしました!!

少し載せてみましたので よかったら ご覧下さい!

クリックhere!




最後までお読みいただいてありがとうございました!

御連絡をお待ちしております!

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