御厨の祭りや、だんじり曳行の雰囲気は今と昔とでは大きく異なる。昔の
 祭りの雰囲気と、今の祭り雰囲気を違いがわかるように書き並べてみます

昔の御厨の祭り
 ・終戦後頃までは、意岐部地区の、新家・荒本・春宮のだんじりは御厨天神社まで宮入していた。
その後それぞれの神社に宮入するようになった。
 ・地車囃子は天満囃子ではなく、御厨独自の地囃子であった。
 ・龍踊りのようなものはなかった。
 ・御厨村内に素人相撲の都川部屋があり、その相撲部屋のお相撲さんが
  化粧まわしをつけてだんじりの正面に座っていた時期もあったらしい。
  (六郷地区などに見られるものと接点があるのかは不明である)
 ・夜の曳行の時に、青年団員は化粧をし女装し、女性は男装してだんじりを曳行
  していた。(右写真参照)化粧をするというのは平成10年前後までみら
  れた。

今の御厨の祭り
 ・天満囃子が中心の鳴り物の叩き方。
 ・屋根方は龍踊りをする。
 ・祭りに参加する時の格好が、法被や青年部員で統一している上下おそろいの
  ものである。

以上が、昔に祭りと今の祭りとの大きな違いである。
また祭礼時の習慣の違いとして、
今はだんじり曳行の合間の昼食や夕食を御厨会館でみんなで食べているが、
昔は各自家に帰って朝絞めした鳥や松茸の入った鍋を食べたり、祭礼日の朝には、お餅にこしあんをつけて食べる習慣があった。

昔だんじりを曳きながら歌っていた歌の歌詞
              ↓
   梅に惚れても桜にゃ惚れな
        同じ花でも散りやすいイヤソレソレ
   わしとお前はだんじり夫婦
        鉦と太鼓ははなせない イヤソレソレ

戦後間もない頃の祭り衣装

昔の御厨天神社



                               参考文献:孫たちへの手紙  樋口 實 著 

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