涅槃の道場(讃岐国 香川県)

            第六十六番 巨鼇山
(きょごうざん) 雲辺寺(うんぺんじ) 本尊 千手観世音菩薩

             創建年  延暦八年(789)
             開基 伝 空海
               所在地 〒779-5251 徳島県三好市池田町白地ノロウチ

        寺伝によれば、延暦八年に佐伯真魚(後の空海)が善通寺建立の為の木材を
       求めて雲辺寺山に登り、この地を霊山と感得し堂宇建立したことを起源とする。
       空海は又、大同二年(807)には秘密灌頂の修法を行い、さらに弘仁九年(818)
       に52代嵯峨天皇(在位809年5月8日〜823年5月29日)の勅命を受けて本尊刻んで、
       七供養を行ったと云う。
       後に「四国高野」と呼ばれ、僧侶の修業道場となり、56代清和天皇(在位858年
       12月15日〜876年12月18日)の勅願寺ともなった。
        鎌倉時代には七堂伽藍が整えられ関所寺となった。天正五年(1577)土佐を統一
           し、四国制覇を狙う土佐の戦国大名長宗我部元親が雲辺寺の住職の俊崇坊に四国統一の夢
           を語ったと云う。 所在地は徳島県(阿波)であるが、四国霊場としては香川県(讃岐)の札所と
           して扱われている。
           昭和62年(1987)には香川県観音寺市側の山麓と雲辺寺ロープウェイによって結ばれ、訪れ
           やすい寺となった。

            

            御詠歌 はるばると雲のほとりの寺に来て 月日を今はふもとにぞ見る

        

                       

              

            第六十七番 小松尾山
(こまつおざん) 大興寺(だいこうじ) 本尊 薬師如来

               創建年  延暦八年(789)
               開基   伝 空海
                  所在地 〒768-0101 香川県三豊市山本町辻字小松尾4209

             天平十四年(742)に東大寺の末寺として建立され、嵯峨天皇の勅願によって空海が
            弘仁十三年(822)に開基し、本尊の薬師如来像を刻んで安置した。
            天正年間(1573〜1592)に長宗我部元親の兵火によって本堂以外を焼失。
            慶長年間(1596〜1615)に現在地で再興される。


            

            御詠歌 植えおきし小松尾寺を眺むれば のりの教の風ぞ吹きぬる

        

                       

             

            第六十八番 七宝山(しっほうざん) 神恵院(じんねいん) 本尊 阿弥陀如来

               創建年  大宝三年(703)
               開基   日証上人
                  所在地 〒768-0061 香川県観音寺市八幡町1-2-7

             法相宗の日証が琴弾山で修行をしていたところ、琴を弾く老人が乗る舟を海上に見た。
            この老人は八幡大明神であると知った日証は、その琴と舟を祀り琴弾八幡宮と名付けた。
            行基が養老六年(722)に訪れた後、大同二年(807)に空海が阿弥陀如来を描き本尊とて
            安置し、琴弾山神恵院として第68番札所に定めた。
             明治初期までは神宮寺として琴弾八幡宮が第68番札所であった。しかし明治政府の神
            仏分離令により琴弾八幡宮は琴弾神社と神恵院とに分離されることになり、神恵院は麓の
            観音寺境内に移され、阿弥陀如来像も移転に伴い観音寺の西金堂に移され現在に至る。


             

            御詠歌 笛の音も松吹く風も琴弾くも 歌ふも舞ふものりのこえごえ

         

                        

                                

            第六十九番 七宝山(しっほうざん) 観音寺(かんおんじ) 本尊 聖観世音菩薩

               創建年  伝 大宝三年(703)
               開基    日証上人
                  所在地 〒768-0061 香川県観音寺市八幡町1-2-7

               伝承によれば、大宝年間(701〜704)に法相宗の日証が琴弾山で修行をしていた
              ところ、琴を弾く老人が乗る舟を見た。この老人が八幡大明神であることを知った日証
              は、その琴と舟を祀り琴弾八幡宮と名付けた。その神宮寺として建立されたのが観音
              寺の前身であると云う。
               寺伝によれば、行基が養老六年(722)訪れた後、空海が聖観世音菩薩像を刻み、
              本尊として安置したと云う。

              第六十八番 神恵院と山門が共用で同じ境内に二ヶ寺がある。

             

         御詠歌 観音の大悲のちから強ければ 重き罪をもひきあげてたべ

        
        寄棟造、本瓦葺。室町時代建立の前身堂の部材を用いて
         延宝五年(1677)に建立されたもの。(国の重要文化財

                  

             第七十番 七宝山(しっぽうざん) 本山寺(もとやまじ) 本尊 馬頭観世音菩薩

                創建年  伝 大同二年(807)
                開基   伝 空海
                    所在地 〒769-1506 香川県三豊市豊中町本山甲144

              寺伝によれば、大同二年、平城天皇の勅願寺として空海が自ら刻んだ馬頭観世音菩薩
             像を本尊として開創したと云う。
             中世には寺領2000石、24坊を持つ大寺となって栄えた。
             天正年間(1573〜1593)、長宗我部元親氏の戦いより讃岐国の主要寺院の大半は兵火を
             受けた。当寺も例外ではなく諸堂を焼失したが、鎌倉時代建立の本堂や仁王門などは兵
             火を免れ現存している。江戸時代には領主の生駒氏と京極氏により再興され現在に至る。


            

      御詠歌 本山に誰か植江ける花なれや 春こそたをれたむけにぞなる

         
        仁王門:室町時代中期の建立の三間一戸八脚門、切妻造、     本堂:正安二年(1300)に京極氏と佐々木氏の寄進によって
          本瓦葺き、国の重要文化財                         再建された。棟木や礎石の墨書から正安二年建立が裏付け
                                                    られる。桁行五間、梁間五間の寄棟造、本瓦葺。円柱を用い
                                                    ている。(国宝)

                        

                                   

            第七十一番 剣五山(けんござん) 弥谷寺(いやだにじ) 本尊 千手観世音菩薩

                創建年  伝 奈良時代
                開基    伝 行基、聖武天皇(勅願)
                    所在地 〒767-0031 香川県三豊市三野町大見乙70

             寺伝によれば、聖武天皇の勅願により、行基が創建し、当初は蓮華山八国寺と称したと
            云う。空海は7歳から13歳の間、当寺の獅子窟で修行したという。大同二年、唐より帰国後
            の空海は当地を再び訪れ、蔵王権現のお告げにより、千手観音を安置し伽藍を再興、山号
            を剣五山千手院、寺号を弥谷寺と改めたという。
            室町時代には、天霧城主の香川氏の庇護を受けたが、天正年間の兵火で荒廃。その後、
            丸亀藩主京極氏の帰依により復興された。
             西讃岐地方では遺髪や遺骨を当寺に納め供養する「弥谷参り」の風習がある。

            

       御詠歌 悪人とゆきつれなむも弥谷寺 ただかりそめもよき友ぞよき

         

                        

               

              第七十二番 我拝師山(がはいしざん) 曼荼羅寺(まんだらじ) 本尊 大日如来

                創建年  伝 推古天皇四年(596)
                開基   伝 行基
                   所在地 〒765-0061 香川県善通寺市吉原町1380

               寺伝によれば、空海の出身氏族である佐伯氏の氏寺として推古天皇四年に空海が、
              創建され、当初は世坂寺(よさかでら)と称したと云う。
              空海が唐より帰国後、請来した金剛界、胎蔵界の両曼荼羅を安置し、大日如来を本尊
              として再興。母(伝承では玉依御前)の菩提寺とし、山号を我拝師山、寺号を延命院曼
              荼羅寺と改称したと伝える。


            

       御詠歌 わずかにも曼荼羅おがむ人はただ ふたたびみたびかえらざらまし

          

                         

               
     

            第七十三番 我拝師山(がはいしざん) 出釈迦寺(しゅつしゃかじ) 本尊 釈迦如来

               創建年  不詳
               開基   伝 空海
                  所在地 〒765-0061 香川県善通寺市吉原町1091

              寺伝によれば、空海が7歳の時に倭斬濃山に登り、「仏門に入って多くの人と衆生を
             救いたいのです。私の願いが叶うなら釈迦如来様、お姿を現して下さい。もし、願いが
             叶わないのなら私の命を仏に供養します」と願い、山の断崖から谷へと飛び降りた。
             すると、落下する空海の前に釈迦如来と天女が現れて抱きとめ、「一生成仏」と宣し、
             空海の願いが成就された。感激した空海は釈迦如来が現れた山を「我拝師山」と名付
             け、その山に出釈迦寺を建立し、釈迦如来の尊像を刻んで本尊としたと云う。
             約300年前までは山頂が札所になっていたが、大正九年(1920)に麓に移された。

            

       御詠歌 迷いぬる六道衆生すくわんと 尊き山に出づる釈迦寺

        

                    

            第七十四番 医王山(いおうざん) 甲山寺(こうやまじ) 本尊 薬師如来

               創建年  弘仁十二年(821)
               開基   空海
                  所在地 〒765-0071 香川県善通寺市弘田町1765

             空海が別当として満濃池の完成に導いたことから、築池の成功に対して朝廷から銭
            二万銭が与えられた。弘仁十二年、その銭の一部によって堂を建立した。

            

       御詠歌 十二神味方に持てる戦には おのれとこころ甲やまかな

         

                        

               


                             第七十五番 五岳山 善通寺へ