大念寺祥月命日運動

心のこもった仏事を!

祥月命日おつとめを家族でしましょう!

『仏事を増やそう?』と言えば、年忌とかで今の仏事でも面倒なのに、
まだやるの?といわれそうですね!
葬儀・中陰・年忌・月命日などこれら全てが仏事で尊い事なのです。
しかし近年は、形だけになり、心のこもった仏事になっているでしょうか?

仏事は生きている私達の生の質を問うためにもあるわけですから、
本来は根元的な目には見えない力に生かされているものに出遭ったり、 自分の力を超えた大きな力を感じたりという出会いの喜びがあるはずなのです。
そのような大いなる命の喜びを感じるためには、
日常の感謝の気持ち、つまり命をいただいた事に感謝し(命をいただいてありがとうございました)、
手を合わせるということの積み重ねが大切なのです。

戦後平和教育などで学校では「命の大切さ」を教えてこられました。
しかし社会の情況は「命の重さを忘れた時代」と呼ばれるようになってきています。
そして何時自分達や自分の家族や知り合いの方などが犯罪に巻き込まれるか分からないぐらいの犯罪が 増えてきています。

だからこそ、私達ご先祖からいただいた伝統的なよさをもう一度見直してみませんか!
お仏壇のある家庭のよさを見直しませんか?心のこもったお仏壇にかえてみませんか?
お仏壇こそが、命を頂いた感謝できる最高の場所です。
お仏壇を感謝する場所にすれば、社会の犯罪や悪の予防にもなるはずです。
どうか子どもや孫に感謝する素晴らしい場所を提供する事が、 おじいちゃん、おばあちゃんの勤めではないでしょうか?

祥月命日には、ご要望があれば、ご家族が揃う日時(日曜・土曜)に合わせてお参りいたします。
家族でおつとめし、お参りする機会にしましょう!

(家族団らんの機会にされ、ご一緒にご飯を食べてもよいでしょう)

年忌軽視の危機感

本年も前半で、年忌をされないご家庭が4件もありました。
先月も『祥月命日運動』を提唱し、少しでも「いのちを頂いたことに感謝」する 機会をもっていただくことをお願い申し上げてきました。
そんな大袈裟といわれるかもしれませんが、【人間復興】の要が、年忌法要などの仏事を家庭で勤め、
手を合わせて「命を頂いて有難うございました」という集いだと思っています。

現代は経済官庁の株式取引での流用、大阪市の厚遇問題、
今問題になっている道路公団を始め特殊法人の郵便貯金や税金の使い放題の問題、青少年の犯罪など、
目に見えるものばかりのものを追い求め、 志や誠実さや思いやりなどの人間としての成長にかかわる大切な資質を養う事を軽視してきたからです。
20世紀の功罪として、外なる経済発展によって生活の便や快適さ、物の豊かさは著しく好転しましたが、
その効用を生かす人間の内側の資質の耕しは脇に置かれ、衰弱した、といわれているのです。

だから、目に見えない年忌への命の感謝の機会の集いをされないことは、 次の世代にとってものマイナスなのです。
小さいことかも分かりませんが、家庭の中での年忌や祥月命日、月命日の「命への感謝の集い」という仏事にこそ、 人間本来の位置づけへの復興だと信じています。

だから年忌の集いも、義理やお付き合いのものにこだわらず、子どもさんや孫を中心にして、
心をこもった仏事(命を頂いた感謝の集い)にしていく事が大事なのです。

年忌をされないご家庭は、子どもや孫に、命を考える集い、人間復興の集いの素晴らしい機会を逃しておられるのです。
もったいないことです。このような何気ない意識が、社会全体の悪に繋がっているかも知れません。

そして何時は自分の家族や周りにかかわる問題に襲われるかもしれません。
そうならないためにも、お仏壇のあるご家庭は、お仏壇を中心にして、家庭教育として命の大切さを伝えていきましょう。

ご先祖の年忌をお勤めされない事は、
大切な事を家族に伝えるチャンスを逃しています!
命に感謝する集いを、子や孫に伝えましょう!
年忌はおおいなる命に生かされている ことを体で実感する実践の機会です。

目に見える物ばかり大切にするのではなく、目に見えない大いなる命(自分を超えた力)に
生かされていることを感じましょう。
祥月命日運動の呼びかけにも応えてくださり、家族と共に、命への感謝する集いを
お勤めされたご家庭もございました。 そして、今年のテーマである、「仏教聖典」を一緒に読み、自分の心を見つめていただく機会ももちました。
是非家族で命日に感謝し、仏教の教えを聞きましょう!

*お布施の問題という方は、きちんとした三部経といわれるお勤めではなく、 簡略に勤める事も致しますのでご相談下さい。

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