時報『ひじり』
テーマ『私達は菩薩の行を』
毎日私たちは何の願いで生きているでしょうか?
家に向かったり、財産に、子供に、名誉に向かっているのが私たちの日々ではないでしょうか。
「法華経」の教えは“一仏乗”という思想です。‘乗’というのは、乗り物のことで、教えということです。
つまり仏さまの教えはただ 一つであり、それは“仏になる”ということです。
だからこそ、私たちは『仏になりたい』という願いをもつことが先ず大切なことなのです。
この根拠には、もともと我々すべての衆生には仏と等しいものがあるからだ、私たち自身に仏性(如来蔵)があるのだ、という。
仏性とは、仏になる可能性、あるいは仏になる種(因)ということです。
そういった素晴らしいものが私たちには本来具わっているが、
たまたま私たちは煩悩に覆われてしまって、自分の仏性も見定めることができないのです。
だからこそ、《念仏行》によって、この私の行者の心が仏になる、行者の心がそのまま仏になるのです。
坐禅の代わりに口にお念仏をお称えすればいい訳です。
<念仏行の実践の意味や方法は‘頭でわかるお念仏 ・ 体でわかるお念仏を参照>
そのお念仏行は、法華経のいう、仏と衆生というものは別々のものでなく、一つである(不ニ)、ということの実践になるわけです。
つまり、私たち一人一人に、“自ら菩薩である”という自覚をもって、そのための菩提心を起こしなさい、ということなのです。
菩薩の自覚を持つということは、菩薩の行を行じ、円満なる智慧を身につけるということなのです。
そのような菩薩としての自覚を持った私が、覚りに向かっての道筋をひたすら進んでいくことは、 ある人はこれを理想主義だという人もありますが、そういう人間観こそが、凡夫(煩悩が当たり前)としての自分の 自覚に満足するのではなく、自分自身が本来菩薩であると見るところにたって、スタートすることが何よりも大切なのです。
菩薩の行をさせていただいているスタートこそが、徳を積む生き方と慈悲の心につながり、 日々の欲望や腹立ちなどの心を抑えられれば、日々新聞を騒がせるような社会の問題も少しは明るくなるでしょう。
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